冬の大峰弥山〜年末登山〜

2008年12月28〜29日
上村・吉尾・佐木山(記録)


行程:大川口〜トンネル西口〜奥駈道出合〜弁天の森〜弥山(テント泊)(復路は往路の逆)

 皆さん、新年明けましておめでとうございます。これを書いているのは、1月も終わりにさしかかろうとしている頃ですが、年末山行について思い出すがまにグラグラと書かせていただきます。クリーンハイクを除くと、これが福島での初の山行でしたが、色々と思い出深い山行となりました。

 朝8:00に金剛駅から上村さんの車で、大川口へ。2時間ぐらいで思っていたよりも近かった。ここからゲートが閉まっているため、1時間半ほど舗装路を歩く。遠くに道は見えているが、大きく回っているためなかなかつかない。 トンネル西口に近づくと、路面に雪が積もっている箇所が増えてきた。トンネル西口で休憩後、奥駈道に向かって、尾根道を登っていく。結構急斜面だったが、休憩をとらずに上がってしまった。奥駈道になると雪も深くなってきて、雨具のズボンをつけておくべきだったかなと後悔した。といって、プラブーツを脱いでつけるのは邪魔くさい。 トレースが残っていたので、それを辿ることにした。聖宝ノ宿からの急登の手前で、上からトレースをつけた人が降りてきた。「ちょっと夏道から外れていますが、上までちゃんとついています。」とのこと。トレースに忠実に辿っていったら、急斜面で新雪なため、ズルズルすべってのぼりにくい箇所が少しあった。途中から夏道に復帰したが、木道であるため凍っていて逆にすべりそうだった。吉尾さんが少しバテてしまったが、何とか5時前、暗くなる前に弥山小屋の前に着くことができた。小屋は、しまっていて他に人もおらず、貸し切り状態だった。小屋の前にテントを張ろうとしたが、積雪が少なかったので、樹林帯の木々の間に張ることにした。
 夕食は、鍋だった。今回の材料は1泊2日ということもあって上村さんがふんだんに持ってきたので、豪華だった。お酒も多く、飲んだ。吉尾さんがダイエット中ということもあり、あまり食材は減らなかった。あまると翌日持って降りないといけないので、ちょっと飲みすぎ食べすぎてしまったのがいけなかった。それは、夜中にいやというほど分かることとなった。天候も下り坂に向かうようなので、明日は八経ケ岳に行かず、そのままもと来た道を下ることに決め、就寝した。

 夜中1時ごろに突然気分が悪くなって、目が覚めた。寝ていたら収まるかなとおもったが、ひどくなる一方だったので、外に出て○ろを吐きに行った。少し出して落ち着いたので、横になったが、ますますひどくなる一方である。後悔の気持ちがかなり起こったが、寒かったので、なかなか起きる気がしなかった。意を決して起きた瞬間、ものすごい吐き気が襲ってきてあやうくテントの中でぶちまけそうになった。がまんして刺激しないようにゆっくりと靴を履き、テントの入
口を開けて、がんばって外まで出たところで我慢できずぶちまけてしまった。今回の○ろで完全に胃の中が空になってしまったので、すっきりした。テントの入口付近で○ろを吐いてしまったので、スコップで雪ごと離れた場所に捨てた。食べたものを全部出してしまった。もったいない。と思ったが、正気に変えると、とにかく寒い。時刻は午前3時前。ガスは晴れて、星が見える。あわててテント内に戻り眠りについた。個人的には、これが今回、。山行の一番の核心部であったと思う。

 翌朝、6時過ぎに少し、明るくなってから起きる。外を見るといい天気だ。昨日の夜のこともあって、食欲がわかないため、朝食を抜いて、小屋のそばの国見八方睨まで朝日を見に行くことにした。上村さんと吉尾さんが朝食を作っていたが、申し訳ないが1人でご来光を見に行くことにした。太陽が昇ってくるまで、少し待ったが、大台ケ原や大普賢、行者還岳、稲村ケ岳といった山々が一望でき、晴らしかった。大台ケ原の南側から太陽が昇ってきたときには、少し感動した。大峰は雨にたたられていたので、寒い中来た甲斐があったと思った。戻ってくると、朝食を手伝わなかったので、少し文句を言われたが、これだけは譲れなかったので押し通してしまった。再度紙上にてあやまらせていただきます。ごめんなさい。
 さて、テントを撤収して、山頂の弥山神社におまいりしてからもと来た道を戻った。帰り道は、風でトレースが埋まっており、道に迷うことは無かったが、ラッセルしないといけなかった。弁天の森辺りから雪が少なくなり、トンネル西口に近づくと、雪はほとんど溶けてしまっていた。帰りは、順調に行って12時過ぎに車のところまで戻ってこられた。
 車で、洞川まで行ってそばを食べ、風呂に入って帰った。山での食べすぎ飲みすぎには気をつけようと心から誓った山行であった。



(佐木山)